笹川澄子・荒谷美智(共訳)『ハリエット・ブルックスの生涯―マタイ効果と女性科学者』

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笹川澄子・荒谷美智(共訳)『ハリエット・ブルックスの生涯―マタイ効果と女性科学者』

単行本:172ページ
著者:Marelene F. Rayner‐Canham・Geoffrey W. Rayner‐Canham
訳者:笹川澄子・荒谷美智
出版社:丸善
発売日:1998年(平成10年)10月25日発行

目次

【第1章】 ハリエット・ブルックス…先駆的女性物理学者
【第2章】 ブルックス家
【第3章】 因襲にさからう…マッギル時代
【第4章】 ブリン・マーの1年
【第5章】 キャベンディッシュにおけるJ・J・トムソンとの生活
【第6章】 マッギルへ戻る
【第7章】 女性の権利…バーナード・カレッジ
【第8章】 アディロン・ダックスの夏
【第9章】 ヨーロッパ旅行…カプリ、パリ、ロンドン
【第10章】 多事な1907年の夏
【第11章】 結婚生活に順応する
【第12章】 家族との生活…喜びから悲しみへ
【第13章】 なぜブルックスは見落とされたのか?

4月生まれは有利・・・マタイ効果

本書を読むキッカケは、2009年5月2日日経新聞「裏読みWAVE」というコーナーで書かれていた『4月生まれは有利?』という興味深い記事を読んだことによる。 それによれば、プロ野球選手(2009年セリーグ・パリーグ合計718人)の生年月日を 3ヶ月のくくりで分類すると・・・

となる。

私は2月後半生まれなので非常によくわかるのだが、実際学生時代の1年の差は非常に大きい。
そして、わずかの差であっても一歩抜きん出ることでそれが本人にとっての成功体験になり、
周囲はその実力をさらに伸ばそうとするためにその差は大きな違いへとつながっていく。

日経の記事は、その点を明確に指摘している。

『なぜ4月生まれが有利なのか?
新学期が4月に始まるというのがその理由だという。
同学年でも4月生まれと3月生まれでは約1年の人生経験の差がある。
実は幼少期のこの差が予想以上に大きいらしい。
たとえば4月生まれはすでに有利なスタートを切り、
成長する時間を与えられている。
だから代表メンバーに選ばれやすい。
いったん選抜されれば質の高い指導を受け、
レベルの高い仲間と競い合う機会に恵まれる。
その差はますます開くというわけた。
運動だけではない。
学業でも4月生まれが有利という統計があるようだ。
成功者は成功を繰り返す。
社会学者ロバート・マートンはこれをマタイ効果』と呼んでいる。
「持っている人はさらに与えられて豊かになる。・・・」
新約聖書のマタイ福音書のこんな一節から
名付けられたれたという。
逆境を覆す実力や努力のすばらしさは
改めて指摘するまでもない。
だが、初期条件は後々まで響き、
最初に波に乗れるかどうかで勝負の多くが決まる。
これもれっきとした現実らしい。』(抜粋)

ただ、早生まれ(1月1日から4月1日までの期間に誕生日がある人)のこのような認識は、
単なる負け惜しみとしか捉えられないかもしれない。
実績を挙げた人が「生まれが有利なおかげ」なんて思うわけがないでしょう。

ウィキペディア(Wikipedia)によるとマタイ効果の説明

『マートンは、条件に恵まれた研究者は優れた業績を上げることでさらに条件に恵まれるという「利益-優位性の累積」のメカニズムを指摘した。 マートンは、新約聖書のなかの文言「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、 持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書第13章12節)から借用してこのメカニズムを「マタイ効果」と命名した。』(抜粋)

『ハリエット・ブルックスの生涯―マタイ効果と女性科学者』の読書録

今回読んだ『ハリエット・ブルックスの生涯―マタイ効果と女性科学者』で登場する先駆的女性科学者ブルックスは、
まさにマタイ効果の陰の部分を体現した『無名』の科学者である。

時代は1900年前後。
女性が社会で活躍するには困難多き時代。
学生時代、奨学金を得るほど優秀であったブルックスは、
卒業後にラザフォードという男性の研究グループに誘われる。

そこでのブルックスも非常に優秀で、
科学的な大きな発見もするのだが、
偏見の問題、立場の問題など様々な壁が立ちふさがり、
その業績をブルックスの名において世の中に出すことはできなかった。
(研究グループの論文においては「ブルックスさんのお陰で」のように書かれていたが…)

その一方で、ラザフォードは、
『1908年ノーベル化学賞を受賞しました。
そして、J・J・トムソンの跡を継いでキャベンディッシュ研究所の所長となり、
門下から多数のノーベル賞者を輩出しました。
目立たない者は無視され、
名の知れた者が評価されるという「マタイ効果」を
地で行ったことになります。』(P130抜粋)

ブルックスの業績は、
ノーベル賞を受賞したキューリー婦人と双璧をなすものであるにもかかわらず、
片や歴史に名を残し、片や忘れられた存在となっている。

この話は、現代社会においても通ずるもので、
教育格差、職業人生の格差、所得格差、恋愛格差・・・
格差社会の今、多くの場面でマタイ効果が現れているように思える。