誰が規制を変えたくないのか 福井秀夫『官の詭弁学』の読書録

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福井秀夫『官の詭弁学』

単行本:270ページ
著者:福井秀夫
出版社:日本経済新聞社
発売日:2004年(平成16年)8月25日1版1刷発行

ごまかし、その場しのぎ、権限逸脱・・・
公開議事録が明らかにした
「裸の王様たち」たちの論理と心理

・美容師と理容師が同じ職場で働いてはいけないのは、
「文化の違い」?
・保育所に調理場を設置しなければならないのは、
「きちんとした大人になるため」?
・労災保険に入っていない企業が嘘をついて求人広告をするのも、
「表現の自由」?
・株式会社が病院を経営すべきでないのは、
「利益が配当で流出するから」?

目次

はじめに

【第1章】 ブラックボックスをこじあけろ-『古習の惑溺』を白日に

1.審議会議事録はすべて公開すべし
議事録公開の効果は劇的
あっさりバレた法務省の悪知恵
2.「行政」が「行政」訴訟を改革する限界-新行政訴訟制度立案の紆余曲折
国民に勝ち目がない仕組み
泥棒が刑法を作っている
政治主導で改革を
3.労災保険はモラル・ハザードの集合体
官営は必然か
何が公平か
虚偽広告にも「表現の自由」

【第2章】 官尊民卑の執拗低音-権力の偏重は続く

1.患者本位の治療は医療法人と個人開業医のみなしうるのか-「である」論理と「する」論理
具体的な問題点の指摘は一切なし
開業医は利益を追求しない?
目覚めよ厚労省-国民の利益はどこへ
2.誰が農地を棄てるのか-敵視される企業の農地保有
衰退する農業の再生はなるか
調査データすらないのに・・・
農水事務次官の「信仰告白」
3.国公立学校・学校法人至上主義の破綻-物の貴きにあらず、その働きの貴きなり
「学校法人」・「国公立学校」の呪縛-学校法人と官営学校はそんなに立派なのか
言語常識としての憲法八十九条
学校法人になるつもりなら、個人や宗教法人の学校に助成しても違憲ではない?
宗教教育人件費への助成は合憲?
バウチャーの正当性
4.NPO法人をなぜいじめるのか
口から出まかせ
私学助成の論理矛盾

【第3章】 その規制は何のためにあるのか-議論の本位を定ること

1.理容師と美容師が混じると危険か
混在禁止の理由は「文化」!?
「安全性」という方便
2.だったら「富山の薬売り」はどうなる-薬剤師を守る医薬行政
「薬剤師不在」はあちこちで・・・
逃げの一手の厚労省
3.幼保一元化を阻む「園児以下」の理屈
きちんとした大人になる条件
取って付けた論拠
権限を取り上げよ

【第4章】 知られざる官の不作為-タコツボ文化の再生産、サクラ文化の不在

1.入管行政のずさんな「政治的裁量」
基準なき裁量行政
調べもせず、見直しもせず
2.法務省は暴力団の守り神なのか-不動産競売を正常化せよ
現場の声を聞かない法務省
ヤクザの方が利口
3.車検はこれほど頻繁に必要か
クルマの性能は向上している
期間延長を嫌がる人々
必要なのは実証的分析

【第5章】 規制護持の論理と心理

なぜ規制が必要なのか
特区制度は一種の社会実験
情報公開のもとに冷静な議論を

補論 憲法八十九条の意味と学校経営への株式会社参入に関する法的論理
1 憲法八十九条の立法趣旨
2 憲法八十九条後段の「公の支配」の意味
3 株式会社たる学校に対して国・地方公共団体が補助することは可能か
[参考文献]
[初出一覧]

『官の詭弁学』の読書録

元官僚から学界に身を転じた著者。
2008年の「脱藩官僚の会」にも名を連ねるが、そのきっかけとなったのが本書「官の詭弁学」である。

「脱藩官僚、霞ヶ関に宣戦布告」脱藩官僚の会(朝日新聞出版)11ページより抜粋
『福井さんに声をかけたのは、高橋さんと同様、著書がきっかけです。「戦っている人は、ここにもいた!」。2004年に出版された「官の詭弁学」(日本経済新聞社) の読後感がきっかけでした。彼は官邸の規制改革会議委員として、霞ヶ関と激しい攻防戦をした元建設官僚です。』

本書は、著者が規制改革会議その他で官僚とやり取りをした議事録を素材として「官」の特有な論理と心理に対して批判的な考察を加えたもので、 ごまかし、その場しのぎ、論理のすり替え・・・数多くの事例が登場する。
「官」独特の詭弁や、官が守らんとする利権・権限・既得権とは??

メモ

【審議会】

『「審議会答申は委員の見解をまとめるのじゃない。役所の政策を追認してもらう手続きだ。」
これは、多くの官僚が半ば公然と語る言葉である。
(中略)
役所は、自らの意向に反抗する委員には「ご進講」攻勢をかけて翻意を迫り、
それでも抵抗する委員は、最短任期だけ務めさせた後、再任しないという方式で表舞台からお引き取り願う。』
(P14より抜粋)

客観・中立的な人選など、やはり理想にすぎないのだろうか・・・。
著者は審議会議事録について「議論公開に勝る良薬なし」としている。
(情報の公開すれば、第三者が反証・批判することが可能となる。)

【労災保険】

『労災保険では、保険関係届を出さない保険料未納付の事業者、事業所であっても被災労働者に給付が行われている。(略) 事業主が故意・重過失で労災保険期間に加入しない期間に事故が発生した場合は、保険料に加え給付額の40%程度を徴収することになっているが、実際には徴収されていない。』 (P59より抜粋)

労災保険に加入していない事業者が、求人広告で加入の旨の記載・・・「表現の自由」に属する??

厚生労働省職業安定局長
『新聞広告の求人は、この中身について、いろいろ表現の自由だとか、たくさんいろいろな問題があることも委員もご存じだと思います。 ですから、そこの中まで官庁がチェックする仕組みになっていないこともご存じだと思います。』
(P63議事録より抜粋)

【幼稚園・保育園一元化のやり取りにおける厚労省対応の評価】

保育所待機児童解消のために、幼保一元化は効果的な案なのだが、厚労省はこれに反対。 その理由は「原則として保育所では同一敷地内に調理場が必要であるのに対して、幼稚園ではそのような規制がないため」 としているが、議事録ではそのおかしな理由について喧々諤々。

そのやり取りを通じて著者は次のように指摘。
『ここに明らかなように、厚労省の対応には、「具体的に聞かれたこと以外は説明しない」「ただの一般論として聞けば誰も否定する者のいない 通俗常識に属することを具体的な規制の正当化根拠に用いる」などの特徴がある。(略)厚労省の言い分には、保育所設置の際に相当の支出項目を占める調理室を 何が何でも義務付けることにより、一保育所当たりの建設費・維持運営費、さらにこれらに伴う補助金を何としても高止まりさせ、自らの省の所管として維持したいという 動機以外、何も見当たらないのだ。』
(P183~P184より抜粋)

議事録には、取って付けたような理由が並ぶが、読んでいてただむなしいばかり。
まさに「省益あって国益なし」の象徴的な事例であるように思える。