日本経済と社会保障の関係を本格的に論じた書 京極高宣『社会保障は日本経済の足を引っ張っているか』の読書録

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京極高宣『社会保障は日本経済の足を引っ張っているか』

大型本:172ページ
著者:京極高宣
出版社:時事通信出版局
発売日:2006年(平成18年)11月25日第1刷発行

目次

はしがき

【序章】 社会保障の経済効果とは
1.はじめに-社会保障への厳しい風当たり
2.戦後日本経済の段階区分
3.社会保障の発展区分
4.審議会レベルの議論
5.社会保障と日本経済の関係

第Ⅰ部 所得保障が日本経済に与えた影響

【第1章】 生活保護と日本経済
1.社会保障に占める生活保護の位置
2.戦後日本経済と生活保護
3.生活保護の経済効果
【第2章】 年金と日本経済
1.社会保障給付費に占める年金
2.年金体系と年金受給者
3.老後生活における公的年金の位置付け
4.年金の経済効果-社会扶助VS社会保険
5.所得再分配効果
6.就業・貯蓄への影響
【第3章】 労働保険と日本経済
1.労働保険の機能
2.雇用保険
3.労災保険
4.労働保険特別会計の見直し

第Ⅱ部 社会サービスが日本経済に与えた影響

【第4章】 医療と日本経済
はじめに-社会サービスの特性
1.戦後の医療制度と日本経済の変遷
2.戦後日本の疾病構造の変化
3.医療保険の現状
4.国民医療費
5.医療需要の推移
6.医療提供体制の推移
7.医療による健康維持効果
8.医療の経済効果
9.まとめに代えて-国際比較から見た日本の医療
【第5章】 介護と日本経済
1.高齢者福祉施設の展開
2.介護保険の財政
3.介護サービスの特性
4.介護の経済効果(その1)-企業創出および雇用創出
5.介護の経済効果(その2)-社会的入院解消と家庭介護負担軽減
【第6章】 福祉と日本経済
1.福祉の産業連関効果
2.障害福祉の体系と規模
3.障害福祉の経済効果
4.児童福祉の体系と規模
5.児童福祉の経済効果
【終章】 総括-社会保障は日本経済の足を引っ張っていない
1.社会保障分野論の総括
2.社会保障分野論の分析結果
3.社会保障分野論からの結論

『社会保障は日本経済の足を引っ張っているか』の読書録

目からうろこの1冊。

少子高齢化の中、膨れ上がる社会保障費のために、社会保険料や税金が上がる・・・
そんな話を聞けば、どうしても「社会保障」を重たいコストとしてだけ捉えてしまう。

(P2より抜粋)
「例えば社会保障費の膨張がさらなる財政緊縮をもたらし、あるいは社会保険料の引き上げが家計や企業への過大な負担を呼び起こすとしたらどうでしょうか。 国民の消費性向が鈍化し、企業の設備投資も抑えられ、国際競争力が低下し、そうした結果として経済成長率が低迷することなど、日本経済に何らかのマイナスの影響が 出ないとも限らないからです。経済財政諮問会議などでも社会保障が日本経済の足を引っ張っているなどの議論もしばしば聞かれます。」

ほとんどの人がそう思っているのでは?とも思える。
しかし、著者はそれまでの研究を通じて、社会保障が日本経済を下支え、底上げしてきたと断言。
生活保護、年金、労働保険(雇用保険・労災保険)、医療、介護、福祉(障害福祉・児童福祉等)
これら社会保障について、それぞれデータを用いながら独自の視点で経済効果等を分析しているが、
総括的な切り口は次の表の通り。(P27、P28より表を作成)

1.生活安定効果
国民生活の安定にとって、社会保障は老後生活の所得面での安定性の確保のみならず、国民の消費生活を下支えしており、医療や各種福祉サービスによる 生活保障を行うことで、国民の生活の安定と安心感を担保している。
2.所得再分配効果
わが国の社会保障は、年金、生活保護などを通じた「所得再分配」で、垂直的な形で重要な役割を発揮しているだけではなく、介護、保育などを通じた所得再分配で、 世代間の水平的な面での効果も発揮している。
3.労動力保全効果
医療、介護、保育などのサービスは、良質な労働力の確保に役立ち、働きやすい環境の整備を通じて、労働力不足の解消にも部分的に寄与する。
4.産業・雇用創出効果
社会保障の発展により、医療、介護その他社会サービス市場が拡大し、新たな企業創出に貢献し、また、新たな労働需要から生まれる雇用創出効果も極めて大きく、 今後も拡大される見込みである。
5.資金循環効果
特に社会保険の拡大は、税と保険料などの資金循環を活性化させ、巨額の福祉ファンドを創出しており、民間金融に匹敵する公的金融市場を形成している。
6.国民経済的な総波及効果
わが国の社会保障は、国民経済の安定に寄与するだけではなく、乗数効果(国民経済的な総波及効果)や雇用創出効果(人々の働く場の確保、拡大効果)などで内需拡大に 著しく貢献し、規制緩和の下で、社会サービス分野においては民間企業にとってビジネス・チャンスを提供している。

年金について言えば、年金生活者が地域でモノやサービスを消費することで、産業や雇用の場が生まれるなど地域経済が支えられる。 本書では特に触れていないが、これといった産業のない過疎地域では、消費支出の大部分がお年寄りの年金によるものだといった話も聞かれる。

医療については、医師や看護師といったマンパワーの雇用創出効果、医薬品・化学薬品・電力・医療機械装置といった生産誘発効果、そして医療の進歩による効果がある。

医療の進歩に伴い、新生児死亡率(出生数に対する生後4週間未満死亡率)が格段に低下したが、もし現在でも新生児死亡率が昔の高い水準のままであったなら・・・ その差異分の国内総生産(GDP)は現在よりも低水準となっていた。

また、介護についても雇用創出効果があり、その他介護サービスにより介護をする家族の負担が軽減 ・・・当該家族が外で働くことが可能となる・・・収入機会が拡大するという効果、あるいは社会的入院の解消、企業創出効果などがある。

児童福祉については、
「1.母子保健による妊産婦による妊産婦死亡率の低下による経済効果、2.保育所利用により働けるようになる母親によるGDP増加額、3.児童手当の教育費・食費の経済的足し としての効果、4.児童虐待防止による児童の成人に達した正規就業増加による経済効果」(P168抜粋)
が経済効果を生んでいるものとして挙げられている。

著者は、
「もちろん、税や社会保険料を必要以上に引き上げれば、それが国民(特に基準世代)の生活や財政を圧迫したり、あるいは企業の経営活動を妨げたりして、 国民経済の支障になることも考えられないことはありません。」
(P169より抜粋)
として、持続可能な社会保障のための改革は必要とする一方で、

「一部の経済界やマスコミ等で社会保障への風当たりが近年あまりにも厳しく、あたかも社会保障が日本経済の足を引っ張っているかのごとき論調が世間でかなり 大手を振っていることに、ある種の義憤を感じて執筆したものです。」
(P3より抜粋)

・・・というように、社会保障への批判については、その妥当性や証拠などについてもう少し実証的に検証すべきだとし、 本書を「本邦最初の啓蒙的な経済的論評書」として位置付けている。 日本経済と社会保障の関係を語った本は珍しく、社会保障に携わる職業の人、特に自分の意見を外部に発する人には本書の一読をおすすめしたい。