数字で突く労働問題の核心 海老原嗣生『雇用の常識「本当に見えるウソ」』の読書録

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海老原嗣生『雇用の常識「本当に見えるウソ」』の読書録

『雇用の常識「本当に見えるウソ」』
単行本:207ページ
著者:海老原嗣生
出版社:プレジデント社
発売日:2009年(平成21年)5月20日第1刷発行

目次

はじめに

【第1章】 日本型雇用崩壊の嘘を検証する

検証1 終身雇用は崩壊していない
検証2 転職はちっとも一般化していない
検証3 若年の就労意識は30年前のまま
検証4 本当の成果主義なんて日本に存在しない
識者はこう見る1 企業は、「大騒ぎ」を利用してモードチェンジしてきた
中村圭介 東京大学社会科学研究所 教授

【第2章】 最近流行の言説は本当か

検証5 派遣社員の増加は、正社員のリプレイスが主因ではない
検証6 正社員は減っていない
検証7 女性の管理職は増えない
検証8 ホワイトカラーに少子高齢化は無縁

【第3章】 理論武装された俗説を斬る

検証9 労働分配率・ジニ係数・内部留保3点セット
検証10 「若者がかわいそう」=熟年悪者論
検証11 引きこもりが増えたように見える理由
検証12 「昔は良かった」論のまぼろし
検証13 ワーキングプアの実態は「働く主婦」

NOTEと解説

NOTE1 検証結果の整理
NOTE2 錯覚を起こすメカニズム
NOTE3 次世代に向けた日本社会のもがき

【第4章】 2つの暴論

提案1 ガラパゴス的な日本の雇用を普通の国にする
提案2 移民受け入れ-教育安保という世界戦略
識者はこう見る2 黒白2つの労働市場をグレイのハイブリッドに
本田由紀 東京大学大学院教育学研究科 教授

終りに

あとがき

『雇用の常識「本当に見えるウソ」』の読書録

「年収200万円未満が1000万人」

年収200万円未満がワーキングプアの一つの基準とされているため、
このように聞くと、1000万人の大部分が貧困生活を送っているかのように思える。
しかし、1000万人を細かく見ていくと、
●意図的に103万円、130万円未満に収入を抑える主婦
●1と同様、各種控除のために収入を抑えている親と生計を共にする学生
●農業・自営業者の家族専従者
●年金生活者の就労
●小規模法人役員
など、ワーキングプアと呼ぶにはふさわしくない人たちも多いことがわかる。(P144より)

本書では、
×「正社員が減り、非正規社員が増えた」
×「引きこもりが増えた」
×「小泉改革によって失業率が増えた」など、
雇用・労働問題に関して世間で言われている俗論・俗説について、 時にはそれを語るジャーナリストなどの具体名(城繁幸さん、雨宮処凛さん、森永卓郎さん、宮島理さん、玄田有史さん、中谷巌さん…)並びに引用文を出し、データを用いて反証・検証している。

人事・労務関係者やブログ等で労務情報を書く機会がある人には必見の書!

以下、要約メモ

ワーキングプアの一つの発生源

P30「結局女子学生に押し出された男子大生」
かつて大学の男女比率は、男子が女子を数で圧倒していたが、女子大生が増え、 同時に雇用機会均等法の影響もあり女子大生の就職数が増えてくると男性の就職の席に女性も座るようになった。(就職率では2000年以降女性が男性を上回っている) そのような構造がワーキングプアの一つの発生源となっていると推測される。(P30~)

成果主義の実際のところ

日本企業における成果主義の導入は、実際のところはイメージしやすい「素朴な成果主義(売上げや業績を評価)」が浸透したのではなく、 「プロセス重視型成果主義(プロセスを評価)」ないしは「分離型成果主義(成果とは別に、能力発揮に対して評価)」がほとんど。すなわち、 旧来から存在する「基本給+査定」の査定部分の厳格化。(P33~)

派遣社員の増加は請負・日々紹介からの転換

2003年の派遣法改正で製造業派遣も可能になり、2002年時点43万人だった派遣労働者は2007年には133万人となり、90万人も派遣社員が増加。 これは、正社員が派遣社員に置き換わったのではなく、請負から派遣への付け替え、または日々紹介から派遣になった人たちが大多数。(P46~)

正社員は減っていない

正社員数の増減は、今後65歳以上の人口が急増する中にあっては人口構成も考慮しなければ数値を見誤る。(生産年齢人口(15歳~65歳)は、今後10年で730万人減る)

生産年齢人口が現在と同じ8178万人だった1984年との比較では、正社員数は3333万人→3441万人(108万人増加=3.2%増加)。非正規社員は1128万人増加。つまり、 正社員が減っているのではなく、正社員は増えているが、それにも増して非正規社員が増えているというのが実際のところ。(P54~)

ジニ係数には各種統計がある

高所得世帯の年収と低所得世帯の年収の格差を表す指標「ジニ係数」は、いくつもの統計がある。 総世帯で算出する「所得再分配調査」や「国民生活基礎調査」、2人以上の世帯で算出する「全国消費実態調査」などがあるが、 そもそも少人数世帯と多人数の世帯とでは世帯の収入に差が出てくることに注意を要する。場合によっては情報操作ともとれる見せ方をすることもある。

結論としては、格差を示すジニ係数の他、MLD、タイル指数、アトキンソン指数といったどの指標でも長期的に格差は拡大傾向にあるが、 「小泉改革」以前から格差が拡大しているにもかかわらず、都合の良いデータ・直近のデータのみを示すといったこともある。(P83~)

大企業による派遣切りのワケ

2008年金融危機の後、トヨタをはじめ大企業が大規模な派遣切りを行ったが、コスト的(トヨタの例で試算している)には仮に1年分でも内部留保0.1%分程度と推計される。

それにもかかわらず、派遣切りを行ったワケは、2009年3月に迫った派遣期間上限規定による契約終了問題と株主へのアピールだと考えられる。企業の利益分配状況(図表9-10)によると、 人件費関連が変わらぬ中で、配当金がここ数年で一気に増大しているようすがよくわかるが、こうでもしなければ企業が生き残れない現状も無視できない。(P94)

引きこもりは増えたのではなく顕在化した

繊細な神経の持ち主であることなどで社会になじめない引きこもりは昔からあったが、農家や零細商工の存在が多かった以前であれば、それが問題になることなく人生を送ることができた。

しかし、「自営+家族従事者」(厚生労働省「労働力調査」)でみると、1953年に6割近くあった「自営+家族従事者」割合は、2007年には13.5%まで低下しており、 会社員になれない者が引きこもり、ないしは非正規雇用の増加に・・・家族経営は一種の逃げ場となり得たという考え。(P114)

失業率(需要不足失業率と構造的失業率)

失業率には、欠員自体が存在しないという需要不足失業率と、欠員があり、求人もあるがそれでも失業する人がいる構造的失業率(ミスマッチと呼ばれる)がある。

一般的には時間や場所の問題だとされていることがあるが、実際には「1.仕事の高度化(スキルではなく職務能力が要求される)」「2.嗜好の壁(仕事を選ぶ)」 「3.単純労働のパッケージ化(階段のない単純労働)」によりミスマッチが解消しない。(P129)

誤植

最後に、本書の誤植と思われる箇所を掲載。
全部で6箇所、本の内容に影響しない単純なミスが大半なのだが、
良質な本であるだけに残念。

【48ページ】本文
× 請負就労者が、法律で改禁された派遣社員に切り替わった
○ 請負就労者が、法律で解禁された派遣社員に切り替わった
※49ページ文中「・・・派遣未解禁だから・・・」という文言があることから、『改禁』は誤植かと思われる。

【93ページ】本文
× 時間当たり派遣フィーは約1500円。8時間勤務だと、6人あたり日給1.2万円、6000人で7200万円
○ 時間当たり派遣フィーは約1500円。8時間勤務だと、1人あたり日給1.2万円、6000人で7200万円
※6人だと計算が合わず、1人であると思われる。

【101ページ】図表10-2 世代別人口の推移

19882008
総数122,78358,346空欄127,66358,346空欄
0~4歳6,9655,405
5~97,7635,796
10~149,2575,980
15~199,89034,3616,17034,361
20~248,5977,108
25~297,8697,638
30~348,0059,024
35~3910,27864,43650,6529,59164,43650,652
40~449,5828,386
45~498,8377,777
50~548,1447,831
55~597,4879,888
60~646,3248,933
65~694,616空欄7,994空欄
70~743,6906,964
75~792,8515,700
80~841,6214,040
85歳以上1,0063,439

誤っていると思われる箇所を赤で示した。
計算し、正しいと思われる数字に直すと下記表のようになる。

空欄 19882008
総数122,783空欄 空欄 127,663空欄 空欄
0~4歳6,96558,3465,40547,120
5~97,7635,796
10~149,2575,980
15~199,89034,3616,17029,940
20~248,5977,108
25~297,8697,638
30~348,0059,024
35~3910,27864,43650,6529,59180,54352,406
40~449,5828,386
45~498,8377,777
50~548,1447,831
55~597,4879,888
60~646,3248,933
65~694,616空欄7,994空欄
70~743,6906,964
75~792,8515,700
80~841,6214,040
85歳以上1,0063,439

【128ページ】小見出し
× 経済成長下では不況でもに失業率は急上昇しない
○ 経済成長下では不況でも失業率は急上昇しない

【172ページ~173ページにかけて】本文
× 企業が無制限に契約である根拠が乏しくなる
○ 企業が無制限に契約できる根拠が乏しくなる

【188ページ】小見出し
× 本人の年金拠出不要、その分納付もなし
○ 本人の年金拠出不要、その分給付もなし

最後に

『「派遣法改正をしなければ、少なくとも派遣は増えなかっただろう?」という反論、至極ごもっとも。
ただ、派遣は増えなくても、偽装請負は増えていただろう。小泉改革があろうがなかろうが、
「非正規」が増えていた。そして、失業も増えていた』(197ページより抜粋)

とかく「小泉改革」が格差や貧困、労働問題の元凶であるかのように語られることが多いのだが、
本書にあるように、小泉改革以前から長期的に格差指標は悪化傾向を示しているし、
失業率についても、小泉改革の10年以上前から長期的に悪化している。

小泉改革が負の側面をもたらした・・・というよりも、すでに進行していた日本社会の脆弱化を思っていたよりも食い止めることができなかった・・・と個人的には思うし、 おそらく、世の中を「小泉改革」の前に戻したとしても、上記のような問題が頭をもたげることは間違いない。

日本における正社員を守る労働規制は厳しい。
企業は中核・幹部社員とその他周辺労働で働く者を区分けして前者の採用を厳格化している。
本書「2つの暴論」では『新型正社員』という画期的な提案がなされているが、 このような新たな受け皿を作らなければ、単に登録派遣を禁止させたり、製造業派遣を禁止させたりしただけでは、新たな失業者を生み出てしまうなど「労働者の幸せ」という観点では 根本的な解決にはならない。

悪者論、被害者論、対立論、感情論・・・
俗論・俗説に惑わされない本質を見る目が求められている。