「いま問題になっている5000万件の年金記録というのは、社会保険庁のコンピュータの中で誰のものかわからず、『迷子』になっている記録です。
しかし、そもそも、コンピュータに入力されず、倉庫に放置されたままの年金の支給に結びついていない納付記録は腐るほどあるのです。
そんな記録の中には、社会保険庁のミスで、マイクロフィルムへのバックアップを取らないまま捨てられてしまったものがあります。(社会保険業務センター職員)」
「(さかのぼって国民年金保険料を納められた過去3回の特例納付の年金記録について)この納付記録は、いっさい社会保険庁のコンピュータに入力されてこなかった~(社会保険業務センター職員)」
「(特例納付記録をコンピュータに入力してこなかった理由として)本当のところを言えば、作業が面倒だったからです~(社会保険庁OB)」
「(それを受け、現在の社会保険事務所窓口について)~しかし、いま窓口に座っている若い職員は、特例納付の記録が倉庫に眠っていることすら知らない。パソコンの画面だけで
申請を処理しようとすることが多いのです。(社会保険庁OB)」
「(コンピュータ化される前の紙の年金記録台帳について)この貴重な年金記録台帳をマイクロフィルムへのバックアップを取ることなく、そのまま捨てていた社会保険事務所もあるのです(年金官僚)」
「コンピュータ化される前、間違って捨てられることがよくあった~台帳が迷子になることがある~仮台帳のつもりで元の台帳を捨てていたということが繰り返されていたのです(社会保険庁幹部職員)」
「(年金記録を捨ててきたことに)記録を捨てていいとの通達が何度となく出ているからです。厚生年金は85年9月~国民年金は73年1月~台帳記録を破棄していいとの通知が出ている(年金官僚)」
「(社会保険事務所窓口での支給漏れについて)1日平均して20人~30人くらい窓口で対応しますが、多いときはほぼ全員年金記録が統合されていない(元社会保険事務所職員)」
「(社会保険事務所窓口での支給漏れ対応について)ひどい職員だったら、(統合されていないことが)画面に出てきても、相談者に言わない。本人が申立てをしない分は、
こちらからいう必要はないと、上司から言われたのにはビックリした(元社会保険事務所職員)」
「(1970年代以前の社会保険庁で行われていた納付記録の記録照合台帳転記作業について)納付記録を職員が目で確認しただけだった(1970年代以前)。
ある時は、お菓子を食べてお茶を飲みながら。ある時は、音楽を聴きながら。ある時は新聞を読みながらの作業。上司のチェックもなかったし、何も言われなかった。
毎日のことで、市町村の人が事務所に来た時もしゃべりながら仕事。作業中も同じ。新聞は、係長以上の人がやっていたが、自分は下の人間だったので「先輩はいいな」と思っていた。
(第3者の)確認はまったくなかった。電算になってからはこういう光景はなくなった。(元社会保険庁職員)」
「(当時の市町村から社会保険庁への年金記録の送付について)市町村の磁気テープを庁に送るという流れでやっていたが、市町村の窓口に古い保険料を持ってくる人がいる
ときに、窓口の入力装置で入力するのだが、そこで間違うことがあった。窓口のチェック体制もあったが、当時電算が始まったばかりの頃はチェックが行われなかった。
今はチェックチェックで行われる。(元社会保険庁職員)」
「(社保庁の台帳記録移し変え作業について)やっていたのは職員だけではなく、バイトもやっていた。学生も主婦もやっていたし、チェックもなかった。(元社会保険庁職員)」
「(台帳の記録移転作業で、裕子(ヒロコ・ユウコ)など読み方がわからない名前の確認について)基本的に市町村に確認します。(1970年代以前の話)しかし、
私が勤めていた社会保険事務所では電話がつながらない時や、自分が忙しい時は「まあいいか」と適当にフリガナを振っていた。これ以上やっても時間が経つばかりだし、
この名前でやってしまえ、ということがたびたびあった。厚生年金の場合は、事業所から届けが出てくるが、会社の担当の人も読み方がわからないときに「こういう読み方にして欲しい」
と言われ、その通りにしてしまうこともあった。(元社会保険庁職員)」
「(書類上の未納者が払ったことを主張した時は)「領収書がないと受け付けられません。お探しになってもう一度来てください」という。普通の人は、領収書など持っていないため、
再び来ることはない。宙に浮いた年金は、そのまま闇の中へ。~(そのやり方について)先輩の姿を見て、そのまま対応していた。罪の意識、今は反省してお詫びしたいが、当時は
先輩に習ってやっていた。窓口で追い返されるこういうケースは多い。ここ10年位前から多くなった。それまでは「お上の仕事だから間違いはない。行ってもムダだからやめておこうか」
というような考えだったと思う。~(被保険者の照合について)自らやろうとは思わない。できれば仕事を増やしたくないから。(元社会保険庁職員)」
「『名前』『生年月日』『性別』のダブル、トリプルで違ってくることもある。今は住所も入っているからまだいいが。(元社会保険庁職員)」
「(年金記録の電子化での名前のフリガナについて)名前の読み方が何通りか考えられる場合でも、確認したのでは時間が取られる。常識的な読み方で入力し、
わからない漢字は辞書で引いて調べる決まりになっていた(元社会保険事務所職員)」
「(生年月日不明の年金記録について)生年月日がわからなければ、とりあえず空欄のままにしておいた。(元社会保険庁職員)」
「(2007年5月31日衆議院本会議にて)厚生年金の原票は、手書きの納付記録、名簿原票と言われますけれども、漢字のみしか書いてありません、名前が。
振り仮名蘭がなくて、ある意味では、その当時、コンピュータには漢字は入力できませんでしたから、担当者が当てずっぽうで仮名に読みかえて、仮名入力をしてしまったわけであります。
~そして、国民年金は、かつては市町村が集めておりました。市区町村はお金を預かったけれども、社会保険庁にそれを伝達するのを忘れていた。伝達漏れ、
こういう問題もございます。そして、企業にも問題があったケースがあります、企業が手続を忘れていた、手続ミス、こういう問題もございます。~5千万件のうち、生年月日の
情報の抜けが30万件あった~国民年金の手書き普通台帳破棄通知、これは昭和60年の9月に社会保険庁から出されました。~この通知の表題は、「新しい事務処理方式の実施に
伴う国民年金被保険者台帳の取扱について」という表題の通知でございます。(民主党長妻昭議員)」
「(年金記録の紙の記録からコンピュータへの移行作業について)
職員が責任者として1名居て、そしてあとはアルバイトがやるという作業だった~ほとんどノーチェックに近かった。(元社会保険庁職員)」
「(年金記録の紙の記録からコンピュータへの移行作業について)
~だいたい適当といったらあれなんですけど、正しいかどうかわからない。適当に自分で考えた。「読めるだろう」というような形でやっていた。
100件処理すれば、そのうち(わかりにくい名前が)10件20件はありますから。(電話を1回1回入れるというのはできなかったのかという問いに)聞けばよかったという気がしますけど、
それが当たり前のようになっていましたから。(年金相談について)例えば年金相談でも昼休憩なんかでは完全にシャットアウトしますからね。例え人が待っていようと待たすという考え方ですよね。(元社会保険庁職員)」
「(2004年の年金国会で、5年の時効見直しに手をつけなかったことについて)
誰のものかわからない年金記録が5000万件以上あることは厚労省や社保庁内部では公然の秘密であり、もちろん自民党の厚労部会の幹部も把握していた。時間をかけて処理していけば、
受給者は知らないうちに死んでいくだろうというのが暗黙の了解だ。あの時に時効撤廃に踏み切れば、閣僚の年金未納や負担増への批判に加えて、記録漏れの問題に火が付きかねない。
そうなると、一時支給額がいっぺんに増えて、年金財政に重い負担がのしかかり、年金計算のやり直しで保険料の更なる引き上げや受給額のカットを迫られる。だから時効見直しは阻止した。
(元厚労省幹部)」
「(ハローワークの求人により、2002年~2003年に社会保険事務所で
パート勤務した方が、その実態について)私は保険業務を扱う窓口で勤務していた。となりに設置された年金窓口について、前からおかしいと思っていた。(窓口に居る人が)
実際に正規の職員じゃないから、モチベーションなんて高めようがないですよ。日給何千円で雇われて、ボーナスもなくて。でも、正規の職員は手厚く保障されてて、事務所の奥に居て
出てこない。それでいい対応をしろと言ったって、無理な話ですよ。(年金相談で)窓口に出ているのは日給で雇われた女性の相談員ばかりで、正規の職員さんは壁で閉鎖された場所で事務をしている。
~(パート募集について)総務にいた人とか、特別社労士の資格を持っているとか限っていないので、知らずに入って形だけの研修を受けて、実際窓口に出されたら右も左もわからない。
~年金は複雑です。そこへもってきて年配の方も多いし、一般の方にとっては今後の生活保障だから切迫した感情で来るので、対人折衝能力が問われる仕事。でありながら、
満足な研修もなし。しかも、時給日給で雇われ~もし5時を過ぎても時間外手当は出ない。職員も「替わりましょう」と来てくれない。相談窓口がいっぱいでも、正規職員は
我関せずという態度。~私が居た頃は時給1000円くらいでしたが、来る人にとっては公務員に見えます。「お前らいいよな~、こんなクーラーきいた中で仕事しやがって」
「こっちは暑い中ここまで足を運んで」「お前らは年金をちゃんともらえるんだからいいよな」と言われることもあったが、
自分が公務員ではなくパートであるということは言ってはいけない決まりであった。(元社会保険事務所パート職員)」
「宙に浮いた年金記録の原因は、社会保険職員が決められた仕事をせずに、
年金番号を乱発した結果です。確認作業は時間が掛かるので、届出どおりに新しい番号をつけたからです。~30歳や40歳の人が、新しい年金番号の取得を申請してくれば、それはおかしいと
思わなければなりません。決められた確認義務を怠り、その後に起こることを知りながら、番号をその都度乱発したのです。~社会保険職員なら年金番号を乱発したツケがいつかやってくる。
どいうことが起こるかみんなわかっていました。(現役社会保険庁職員)」
「(年金番号を)いくつも出さないというブレーキさえかけていれば
よかったが、のらりくらりやっていたのも原因の一つだと思う。~係長、課長、その上の所長そういった方から「年金番号は1人に1つだぞ」という意識付けはなかった。
「普通に仕事をこなしてくれ」「早く仕事をこなしてくれ」というだけで。(元社会保険事務所職員)」
「(国民年金の特例納付の保険料受付は、金融機関、郵便局、
社会保険事務所だけのはずだが、そのことについて)保険料を市町村の方に納めたケースが多々ありました。市町村では仮領収書を本人に渡していったんそこで領収してしまう。
そのお金が時によってはどこかに行ってしまうケースもありました。~私は着服とは言わないです。しかし、仮領収書をきった市町村から社会保険事務所に(保険料が)
バトンタッチされていないとしか考えられない。~被保険者は市町村から預かりましたという仮領収書が行くだけで、自分は(保険料を)納めたという気持ちになっていたというわけなんですね。
自分が年金を請求するときになって、やっと(未納が)わかる状態なんです。~(全体では)かなりの数になるのではないかと思います。私のところ(社会保険事務所)でも、
何件かあったわけですから、それが300前後の事務所でいけば、(全体では)相当な数になると思う。(元社保庁職員)」
「(保険料の着服について)まあ、昔の市町村時代は意外とルーズな部分があった
もんですから、被保険者(年金加入者の意味)にバレなければちょっとポッケしたって(着服の意味)~やがて年金を受給するったって、将来の話ですから、本人も忘れているだろう~
(さらに具体的な話として)窓口で実際にお金を取り扱う業務を担当する人間が保険料を着服するって~架空の領収書をハンコをつなぎあわせて作ってみたりしてね(現役社会保険事務所職員)」
「(社会保険労務士保険事務所での職場の状況について)
社会保険事務所で働き始めたのは1980年代。一通り業務を覚えると、職場の異常さに気づいた。指導してくれた先輩職員が、自分に教えた通りに仕事をしていない。
例えば、年金番号をきちんと確認しない、窓口を訪れた人に給付額を丁寧に説明しない、昼休みになると窓口に人が来ても無視する。積極的に仕事をすると、上司にしかられた。
残業をしていると、「そんなことせずに、帰りなさい」。挙句の果ては「君が仕事をし過ぎると、周りがさぼっているのが目立つだろう」。~
(職員の仕事の怠慢が年金記録漏れ問題に繋がったという話の後)「年金支給年齢になった時に、記録をまとめようとしても、まとめきれない年金番号が出てくることは、みんな気づいていたはずだ(現役社会保険事務所職員)」
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