社会保険事務所職員の関与が指摘される厚生年金の「消された年金」とは、大きく分けて「1.標準報酬月額の引き下げ」「2.厚生年金加入期間の短縮」の2つに分けることができます。
第三者委員会(総務省年金記録確認第三者委員会)で認定されたケースの中から、2つのケースを見てみます。(2008年9月25日読売新聞夕刊参照)
(※標準報酬月額とは、厚生年金保険料を決める基準額のことで、実際の給料を1等級98,000円~30等級62万円までに分けられた仮定的な枠にあてはめて、一人一人の標準報酬月額が決定されます(2008年現在)。そして、厚生年金保険料は標準報酬月額に厚生年金の保険料率を掛けて決定されれます。)
1.標準報酬月額の引き下げによる「消された年金」
1つ目は過去に遡って標準報酬月額が引き下げられたケースです。
本来ならば、厚生年金の資格喪失の時点まで53万円の標準報酬月額だったところ、退職・会社の解散の後になり不自然な形で標準報酬月額が20万円に引き下げられています。
このような標準報酬月額の引き下げの場合、厚生年金に加入している事実には代わりがなく、被保険者本人が、生涯その事実に気がつかないままということも十分に考えられます。
2.厚生年金加入期間の短縮による「消された年金」
2つ目は、厚生年金の加入期間が短縮されたケースです。
本来会社を退職するまで厚生年金に加入し続けるべきところ、会社を退職および会社の倒産の後になって、遡って資格を喪失(厚生年金を脱退)したことにされています。
この場合、厚生年金の加入期間そのものが減らされますので、被保険者本人の被害は上記1のケース以上のものとなります(期間が同じならば)。場合によってはこのせいで年金加入資格自体を満たせず、無年金となるおそれもあります。
厚生年金記録不正処理6万9000件?
社会保険庁は2008年9月18日、厚生年金記録の不正処理の件数が6万9千件あることを明らかにしました。
これは、コンピュータで管理されている1億5千万件の記録を、
- 1.標準報酬月額の引き下げ直後に資格を喪失している
- 2.標準報酬月額を5等級以上引き下げている
- 3.6ヶ月以上遡って記録が訂正されている
という3条件すべて満たしたものですが、この調査方法にはすでにいくつか疑問の声が上がっています。
1:オンライン化前の1986年2月以前の事例は?
1986年3月にオンライン化する前の紙台帳の記録については、今回の調査対象から外しています。2:厚生年金加入期間の短縮は?
上記2つ目の事例のように従業員を偽装で脱退させたような場合も「消された年金」と言えますが、今回の調査においては、厚生年金の加入期間の短縮については対象から外しています。
なお、当該6万9千件発表までの総務省第三者委員会の認定事例おける「加入期間短縮」と「標準報酬月額引き下げ」の認定割合は7対3となっている模様です。(読売新聞9月19日)
3:標準報酬月額の引き下げ幅が少ない場合は?
標準報酬月額の引き下げ幅が4等級以下の場合には、他の2つの網に引っかかっても抽出から除外されています。
4:3条件の導き出しは?
厚生年金記録の不正処理を見つけ出す3条件は、「総務省の年金記録確認第三者委員会が不適正な処理の可能性が高いなどと判断した88件の約9割」が同時に満たす条件なのですが、そもそもその88件という事例自体が明らかに不合理であると認められた、不自然さが際立ったケースであったものと考えられます。
よって、そのような88件を母集団として導き出された3条件は、そのすべてを満たした場合、もはやそれだけで年金記録が回復しても良いといえるくらいのものであると思われます。
※その後(2008年10月3日)、3条件のそれぞれの件数が公表されました。
これについては、「なぜ最初から、この数字を公表しなかったのか。国民の怒りを恐れ改ざん件数を小さく見せようとしたのなら大問題だ。姑息(こそく)な手段でその場しのぎをしたとすれば、信用を失うだけだ。 (毎日新聞2008年10月4日社説より引用)」
「それにしても、今回の公表には疑問がわく。先に疑わしい6万9千件を抽出した時点で、今回の数字も分かっていたはずだ。それなのに、なぜいまになって明らかにしたのか。9月末にもとされていた衆院の解散が少し遠のき、来週からは予算委員会でこの問題も審議される見通しになった。数字は隠しておくつもりだったが、国会で野党の追及を受けるなら、その前に出した方が得策だと考えたのか、と勘ぐりたくもなる。(朝日新聞2008年10月4日社説より引用)」というように、公表の仕方に疑問の声が上がっています。
消された年金解明に向け、期待される職員の証言
「消された年金」は「消えた年金」以上に社保庁職員の協力(証言)が必要です。しかし、2010年の社保庁解体→日本年金機構への組織替えにおける採用の条件には「懲戒処分を受けていないこと」という縛りがあるために、失職を恐れて協力できないという状況となっています。
さらに、証言したくともできないという状況は、社会保険事務所OBにも及びます。
マスコミを通じ、元社会保険事務所職員(大津社会保険事務所の元徴収課長)が実名で証言していることに対して、厚生労働大臣は記者会見において「犯罪行為の共同正犯ですから、共同正犯をなさったと自ら言うなら、私はしかるべき対応をとりたいというふうに思っています。」という発言をされました。
「消された年金」は職員・元職員にとっては詳しく解明されれるほど自分の関与が明らかとなり、自分が不利な立場になる可能性を含むもの・・・協力を得るためには当該元職員の「処分を外してでも事実を語らせて被害者の救済を優先すべきだ」という発言のような現実的な対応が求められます。
消された年金その他2つの証言
2008年9月23日TBSのNEWS23特集「消された年金 新証言」では、上記のほか匿名での2名の元社会保険事務所職員の次のような証言が取り上げられていました。「消された年金」とは何ぞや?ということがわかると思います。
【2007年まで関東地方の社会保険事務所で勤めていた40代年金給付課長】・・・「保険料を滞納して支払ってもらえないという状況が続いたら、必要に応じて給料を下げてもらって標準報酬月額を直す(下げる)という作業をしてもらったことがある。自分が行ったのは100件近く。」
「都道府県ごとに収納率(徴収率)の年間の実績が出る。そうすると収納率の良い社会保険事務所と悪い社会保険事務所と評価される。周りが気になる。周りの職員が滞納事務所を減らして自分だけが滞納が増えていくと、そういう状況だと周りを気にして周りがやっていることをまねする。」
【新宿の社会保険事務所の元職員】・・・「会社と交渉した経緯すべて記録していたが、標準報酬月額を下げてとかは違法だと認識していたから鉛筆で書いたり付箋に書いて決済にまわしていた。つまり、標準報酬月額引き下げなどを指示した際、その部分の記録はいつでも消せるようにしていた。」
「(保険料の)滞納整理を進めていくのが徴収課の仕事なので、あたりまえの手続き、日常業務の一環だった。過去20年をさかのぼっても(6万9千件について)1ケタは上がるのかなあと思う。」
※外部リンク:NEWS23サイトの消された年金情報募集ページ(2008年9月28日現在)
「消された年金」の職員関与、社保庁1件認める
社会保険庁は2008年9月9日、1件については社会保険事務所の職員が厚生年金記録の不正処理に関与していたことを認めました。
これは都内の設計コンサルタント社長の事例で、社長の証言によると「1995年に滞納した保険料の分割納付を麹町社会保険事務所の係長(当時)に申し出たところ、標準報酬月額の減額を指導された(2008年9月9日読売新聞夕刊)」とのことですが、はじめ社保庁は「職員が覚えていない」「資料がない」として責任の所在をハッキリしていませんでした。(第三者委員会が社保庁の処理のおかしさを指摘していた案件)
しかし、当社長は社会保険事務所のやり取りを詳細にメモしており、当時の給与明細額や給与訂正記録などを保管しており、これらの中に社会保険事務所係長(当時)の筆跡があるものも含まれていたこと、さらに別の事業所においても同様の指導をしていたことを認めたことから、社保庁はこの社会保険事務所係長(当時)の関与を認めざるを得なくなりました。
(17件のうち、残る16件については1件が不正処理の意図の無い指導誤り、15件は職員が記憶が無いということと、当時の資料がないということで事実の確認ができなかったとしています。)
2008年4月30日中間報告での情報隠し?
この社保庁が認めた1件について、実は4月30日の時点で社会保険事務所係長(当時)は「(厚生年金記録の不正処理について)自分の判断で行っていた」こと、さらに「他にも複数行っていた」と関与を認めていたにもかかわらず、2008年4月30日の中間報告ではこの職員が「記憶がない」と述たように記載していた(2008年9月19日毎日新聞ほか)ことがわかりました。
確かに、コンサルタント社長の事例に限っていえば「記憶がない」のかもしれませんが、実際に自分が不正な指導を行っており、自分と同じ筆跡(筆跡が同じだということは係長自身も認識)の書類が存在するのです。にもかかわらず中間報告では「記憶がない」ということで関与を認めず・・・??
これについて、民主党蓮舫参議院議員のホームページ「れんほうのつぶやき:2008年9月10日(水)消された年金記録」では次のように指摘しています。
「国会開会中に事実を隠蔽し、閉会中にその事実を明かせば、国会の委員会など公的な場所で追及されることを逃れられるとでも判断したのでしょうか。信じがたいことです。(引用)」
もしその通りだとしたら残念でなりません。