女性の間の「世代内格差」から「世代間格差」へ
(第3号被保険者の話)
国民年金の第1号被保険者や、国民年金の第2号被保険者(OLなどの厚生年金加入者等)にとって、保険料負担のない第3号被保険者に対する不公平感は小さくはありません。
過日行われた厚生労働省社会保障審議会年金部会においても、第3号被保険者問題の話に及んだ時に、委員の一人は次のように述べました。(平成20年7月2日第10回会議)
『私はずっと1号被保険者でした。本当に低収入でありながら保険料をこつこつ納めてきた者としては、第3号被保険者は、我々以上に高収入という人がほとんどだったので不公平というか、中立ではないなということを感じてきました。
自分が今、2号になったときに、3号の保険料は2号の保険料で賄っているわけですけれども、先ほど樋口委員がおっしゃったように、逆進性というんでしょうか、低収入の方が高収入の専業主婦の保険料を払っているというところもあるわけですので、その辺のところを考えますと、個人単位化という方向もこれから検討していただきたいなと思っています。』
国民年金の保険料を払わずとも保険料を払ったものとみなされる国民年金の第3号被保険者。厚生年金に加入する会社員(または公務員)の配偶者であって、年収130万円未満という要件からも、第3号被保険者の99%は女性です。(そのため、ここでは第3号=専業主婦として話を進めます。)
第3号被保険者は基礎年金制度が始まった昭和61年4月1日から存在するのですが、その昭和61年当時から約20年経過した現在、その人数自体はほぼ一定を保っています。まずは、その推移からご覧ください。
表1:第3号被保険者の推移
※厚生労働省社会保障審議会年金部会平成20年第10回資料より(社会保険庁「事業年報」、総務省統計局「人口推計」)
年度 | 被保険者合計 | 第1号被保険者(任意加入含む) | 第3号被保険者(A) | 20-59歳日本人女性人口(B) | A/B |
昭和61 | 6,332万人 | 1,951万人 | 1,093万人 | 3,383万人 | 32.3% |
62 | 6,411万人 | 1,929万人 | 1,130万人 | 3,398万人 | 33.3% |
63 | 6,493万人 | 1,873万人 | 1,162万人 | 3,410万人 | 34.1% |
平成元 | 6,568万人 | 1,816万人 | 1,179万人 | 3,423万人 | 3.44% |
2 | 6,631万人 | 1,758万人 | 1,196万人 | 3,430万人 | 34.9% |
3 | 6,835万人 | 1,854万人 | 1,205万人 | 3,446万人 | 35.0% |
4 | 6,894万人 | 1,851万人 | 1,211万人 | 3,462万人 | 35.0% |
5 | 6,928万人 | 1,861万人 | 1,216万人 | 3,479万人 | 35.0% |
6 | 6,955万人 | 1,876万人 | 1,219万人 | 3,494万人 | 34.9% |
7 | 6,995万人 | 1,910万人 | 1,220万人 | 3,497万人 | 34.9% |
8 | 7,020万人 | 1,936万人 | 1,202万人 | 3,503万人 | 34.3% |
9 | 7,034万人 | 1,959万人 | 1,195万人 | 3,501万人 | 34.1% |
10 | 7,050万人 | 2,043万人 | 1,182万人 | 3,503万人 | 33.7% |
11 | 7,062万人 | 2,118万人 | 1,169万人 | 3,505万人 | 33.3% |
12 | 7,049万人 | 2,154万人 | 1,153万人 | 3,481万人 | 33.1% |
13 | 7,017万人 | 2,207万人 | 1,133万人 | 3,465万人 | 32.7% |
14 | 7,046万人 | 2,237万人 | 1,124万人 | 3,443万人 | 32.6% |
15 | 7,029万人 | 2,240万人 | 1,109万人 | 3,424万人 | 32.4% |
16 | 7,029万人 | 2,217万人 | 1,099万人 | 3,399万人 | 32.3% |
17 | 7,045万人 | 2,190万人 | 1,092万人 | 3,376万人 | 32.4% |
18 | 7,041万人 | 2,123万人 | 1,079万人 | 3,368万人 | 32.0% |
このように、20歳~59歳の日本人女性の人口に対する第3号被保険者の割合は「32.3%」から「32.0%」とほとんど変化を見せていませんし、第3号被保険者の被保険者数自体もほとんど変化はありません。
しかし、次の表を見るとどうでしょう。
表2:第3号被保険者の年齢別割合
※厚生労働省社会保障審議会年金部会平成20年第10回資料(社会保険庁「事業年報」、総務省統計局「人口推計」。第3号被保険者割合は第3号被保険者被保険者数を日本人女子人口で割ったもの。)より加筆。※求人倍率は『リクルートワークス研究所』の大学新卒者の年別データ。
※水色の箇所は数値の落ち込みの大きい部分と、若年層についてはそれ以後の経過分。
年度 求人倍率 | 計 | 20-24歳 | 25-29歳 | 30-34歳 | 35-39歳 | 40-44歳 | 45-49歳 | 50-54歳 | 55-59歳 |
昭和63 1.01倍 | 32.3% | 5.6% | 33.3% | 48.5% | 45.7% | 44.0% | 38.4% | 31.5% | 21.1% |
平成元 1.25倍 | 33.3% | 5.0% | 32.1% | 49.0% | 46.9% | 45.5% | 38.2% | 32.9% | 22.4% |
2(1990) 1.40倍 | 34.1% | 4.7% | 30.3% | 49.7% | 47.8% | 46.8% | 38.3% | 34.0% | 24.0% |
3(1991) 1.40倍 | 34.4% | 5.0% | 30.1% | 50.0% | 48.7% | 45.0% | 40.7% | 35.7% | 24.1% |
4(1992) 1.08倍 | 34.9% | 5.0% | 29.0% | 49.7% | 49.5% | 44.7% | 42.3% | 36.1% | 24.9% |
5(1993) 0.76倍 | 35.0% | 4.9% | 28.4% | 48.7% | 50.6% | 44.7% | 42.8% | 37.4% | 24.7% |
6(1994) 0.64倍 | 35.0% | 4.8% | 27.3% | 48.5% | 50.7% | 45.5% | 43.8% | 36.7% | 25.4% |
7(1995) 0.63倍 | 35.0% | 5.1% | 27.0% | 47.4% | 50.8% | 45.9% | 44.1% | 36.3% | 25.5% |
8(1996) 0.70倍 | 34.9% | 5.3% | 26.7% | 47.2% | 50.1% | 44.9% | 41.0% | 37.3% | 26.3% |
9(1997) 0.72倍 | 34.9% | 4.9% | 25.6% | 45.5% | 50.0% | 45.3% | 40.2% | 38.6% | 27.2% |
10(1998) 0.53倍 | 34.3% | 4.8% | 24.7% | 44.4% | 48.8% | 45.5% | 39.3% | 38.9% | 27.3% |
11(1999) 0.48倍 | 34.1% | 4.9% | 23.3% | 42.1% | 48.9% | 45.2% | 39.5% | 39.0% | 26.7% |
12(2000) 0.59倍 | 33.7% | 4.8% | 22.2% | 41.8% | 47.5% | 45.5% | 39.7% | 39.3% | 25.1% |
13(2001) 0.59倍 | 33.3% | 4.8% | 21.1% | 39.7% | 47.1% | 44.9% | 40.1% | 36.9% | 26.9% |
14(2002) 0.54倍 | 33.1% | 4.9% | 20.5% | 39.0% | 46.5% | 44.7% | 39.8% | 36.6% | 27.9% |
15(2003) 0.64倍 | 32.7% | 4.9% | 20.2% | 37.7% | 45.4% | 44.6% | 40.1% | 36.1% | 28.5% |
16(2004) 0.83倍 | 32.6% | 4.5% | 19.7% | 36.9% | 44.1% | 44.3% | 40.5% | 37.0% | 29.0% |
17(2005) 0.95倍 | 32.4% | 4.8% | 19.3% | 36.2% | 44.3% | 42.9% | 39.4% | 36.9% | 30.7% |
18(2006) 1.06倍 | 32.3% | 5.0% | 19.2% | 35.0% | 42.9% | 43.1% | 40.3% | 37.4% | 29.1% |
昭63-平18比較 | 0% | -0.6% | -14.1% | -13.5% | -2.8% | -0.9% | +1.9% | +5.9% | +8.0% |
第3号被保険者の総数は同じなのですが、年齢別割合では若年層の第3号被保険者割合が減少を続けており、年齢層の高い層においては、その割合は現状維持もしくは増加傾向となっています。
女性の世代間年金格差を生む、景気と第3号被保険者の関係
まず、「表2:第3号被保険者の年齢別割合」における20歳~24歳の部分ですが、年齢が若く結婚自体が少ないためか、昔も今も5%程度の低い数値でほとんど動きがありません。よってここでは無視することとします。
問題は、女性の結婚適齢年齢である「25歳~29歳」と「30歳~34歳」で、
- 25~29歳 :33.3%→19.2% 『-14.1%』
- 30~34歳 :48.5%→35.0% 『-13.5%』
となっている点です。
結婚して、子どもを産んで、子育てをして、住宅ローンも払い・・・という、本来ならば経済的にも大変な時期に第3号被保険者ではないという事実です。
ではなぜ、これほどの減少となっているのでしょうか。
主な原因としては次の2つが考えられます。
減少原因1・・・晩婚化
この原因の一つに考えられるのが『晩婚化』です。
25歳~34歳の男女の未婚率は次のように推移しています。
※国勢調査、人口統計資料集(国立社会保障・人口問題研究所)
年 | 男性25~29歳 | 男性30~34歳 | 女性25~29歳 | 女性30~34歳 |
1985年 | 60.4% | 28.1% | 30.6% | 10.4% |
1990年 | 64.4% | 32.6% | 40.2% | 13.9% |
1995年 | 66.9% | 37.3% | 48.0% | 19.7% |
2000年 | 69.3% | 42.9% | 54.0% | 26.6% |
2005年 | 71.4% | 47.1% | 59.0% | 32.0% |
特に女性の未婚率が急上昇していることがわかります。
第3号被保険者は、結婚してなれるもの(同様の事情含む)ですので、未婚の間は国民年金の「第1号被保険者」か「第2号被保険者(厚生年金加入者)」のどちらかということになります。
すると、「第2号被保険者は厚生年金なので国民年金よりも手厚いし、第1号被保険者は自営業や家事手伝い、もしくは夫が自営業なのだから・・・」というような声もあるかもしれませんが、女性の第1号被保険者の実態としては、雇用者で約4割も占めているのです。
※社会保険庁「平成17年国民年金被保険者実態調査」
属性 | 女性の第1号被保険者 | 男性の第1号被保険者 |
臨時・パート | 30.1% | 19.3% |
常用雇用 | 8.2% | 16.2% |
自営業主 | 7.8% | 28.3% |
家族従事者 | 13.6% | 7.1% |
無職 | 36.7% | 25.3% |
不詳 | 3.6% | 3.7% |
減少原因2・・・不景気(就職難)
「表2:第3号被保険者の年齢別割合」をご覧ください。
大学卒の有効求人倍率は、1990年のバブル崩壊後、若干のタイムラグを置いて求人倍率が大きく減少しています。
いわゆる「就職氷河期」です。
1990年代後半は、景気の悪化に加えて人口ボリュームの多い「団塊ジュニア世代」が大学を出る時期で、しかも1999年には労働者派遣法の改正によって製造業や建設業等以外、原則どんな仕事にも派遣が認められるようになり、2004年には製造業までも派遣が認められるようになりました。
企業にとって、コストの安い非正規雇用というのはありがたい存在なので、不景気ならばなおさら非正規雇用拡大に走ります。(2002年2月から2007年までのいざなみ景気において、キャノンをはじめ大手企業の偽装請負問題が表面化するなど、好景気においても非正規の活用が散見された。)
つまりは、若い人たちが時代のしわ寄せを被むる結果となり、結婚したくても経済的に結婚を諦めてしまう・・・非正規は未婚化の大きな原因となっています。(本人の嗜好で非正規を選択している人は少数派。平成17年国民生活白書「正社員になりたい」の項では、男性非正規のうち76.2%が正社員希望、女性非正規のうち68.5%が正社員希望となっている。)
たとえ結婚したとしても、派遣社員同士の結婚であったり、夫婦共にパート同士の結婚であったり・・・厳しい生活を送る人が、第1号被保険者として保険料を負担している現実が見えてきます。(実際は免除や未納が多く、2007年度の国民年金保険料の実質納付率は47.3%となっている。通常使われる免除等を除いたものになると2007年度の「納付率」は63.9%。若年層ほど保険料を納められない実態がある。[平成17年国民年金被保険者実態調査によると、保険料滞納者の国民年金保険料を納付しない理由の1位は経済的理由で約6割を占める])
1973年オイルショックと第3号被保険者割合の減少
高年齢層においても、一部数値が落ち込んでいる部分があります。
平成18年の55歳~59歳は「前年比-1.6%」となっています。
この人たちは、22歳で大学を卒業したとすると、2006年の33年前~37年前ということで、卒業年は1973年~1969年です。
また、平成13年の50歳~54歳が、「前年比-2.4%」となっていることについても同様に、平成13年当時に50歳~54歳だった人というのは、2001年当時において22歳は28年前~32年前ということで、大学卒業年が1973年~1969年。
さらに、平成8年の45歳~49歳・・・大学卒業年が1973年~1969年。
つまり、同じ人たちのグループを経過年で追っかけているだけなのですが、ポイントは1973年に「オイルショック」があり、この時も新規採用の停止などの雇用調整が行われたということです。
女性の結婚相手は同年代ばかりではありませんので、男性への雇用の影響が、すぐに(大部分が女性である)第3号被保険者の減少につながるわけではありませんが、景気が第3号被保険者の割合に影響していることは確かだと思われます。
そして、その時に辛酸をなめるのは若い世代ということも・・・
議論で終わってしまう第3号被保険者問題
第3号被保険者問題は、「女性のライフスタイルの変化等に対応した年金の在り方に関する検討会報告書」(平成13年12月)などでもすでにいくつかの解決案が出されているのですが、この問題はいつも議論段階で終わってしまうことです。
先ほどと同じく、平成20年7月2日第10回会議(社会保障審議会年金部会)で、ある委員は次のように発言しています。
『年金問題の中で3号ほど政治家が全然やる気がない課題はないようでして(略)この1000万人はすごく怖がっているみたいで、そこをどうやっていけばいいのかという話にはなるんだろうと思うんです。』
何とも情けない話ですが、そうだとすると、基礎年金の税方式化や厚生年金の適用拡大などによって間接的に第3号被保険者問題が解決されるのを待つより他はないのかもしれません。
結果的に第1号被保険者の足を引っ張る第3号被保険者
「パートタイマーの厚生年金適用拡大 パートの××%が反対」
参考:平成19年2月6日社会保障審議会年金部会「パート労働者の厚生年金適用に関するワーキンググループ」 議論の概要(PDF)
パートタイマーの厚生年金適用拡大については、すでに国民年金の保険料を払っている第1号被保険者と、保険料を納めなくてもいい第3号被保険者とでは、利害が離反します。
パートの労働時間で厚生年金が適用されてしまうことを嫌がる第3号被保険者は、厚生年金の適用拡大に反対します。
しかし、第1号被保険者の中には、社会保険の壁があって正社員になりたくてもならせてもらえない悩みもあります。パートの労働時間で厚生年金が適用されることについては、事業主負担がある分、保険料負担面で有利になり、その上将来2階建ての年金がもらえるということで、第1号被保険者にとっては、適用拡大があったほうが好都合だといえます。(現行制度においては厚生年金加入者は収入が少ない人の方が有利。[報酬に関係なく1階の国民年金は定額給付なので])
もし、厚生年金適用拡大で、今働いているパートにも厚生年金が適用されるのなら、企業から見れば正社員でもパートでも社会保険料負担が発生することになるので、やる気のある従業員により多くの働いてもらうことへの障壁(社会保険の問題)は減少します。
もっとも今は、厚生年金に加入させないで雇える第3号被保険者(もしくは第1号被保険者)の存在は、企業にとって高い厚生年金保険料を負担しなくて済むので好都合ですし、数の多い第3号被保険者が厚生年金の適用拡大に反対している以上、なかなか事態は動かないものと思われます。
ダグラス・有沢の法則・・・夫の所得が高いと妻は
夫の収入が高いほど妻の働く率は低くなるという相関関係を示す「ダグラス・有沢の法則」が現在でも当てはまるかどうかは別として、少なくとも夫が「正社員」であって、妻は130万円未満の収入で家計が回るということからも、普通の暮らしが難しくなっているこのご時勢にあっては(相対的に)恵まれた環境にあると言えます。
夫が非正規社員で低収入であるため夫婦共に働かざるを得ない人や、夫が自営業(日本では多くが零細)のために第3号被保険者になれない人など、むしろその人たちにこそ手厚い保障をすべきだと思うのですが・・・。